英語は右派こそ学ぶべきじゃないかね?
・左に偏りがちな世界から見た日本
これまで世界において日本の情報発信というのはかなり左寄りのものが採用されてきました。
というのも、戦後左派勢力が情報を発信する時に英語を使っていたからです。
その情報は日本においてかなり議論の余地のある、無理があるといってもいい根拠に乏しいものもありました。
だからこそ、彼らは日本において意見を戦わせず海外を舞台に英語で情報を発信したのでしょう。彼らの主張に反論すべきだった右派は英語による反論をおこたりました。欧米人にとってみれば英語ではない意見は意見ではありません。
こうして左派は世界における日本観を築いてきたのです。朝日新聞の英語版などはこれを盛んにやってきたマスメディアのひとつです。そうした意味で欧米人の日本に対する見方というのは、非常に朝日新聞的史観に影響されていると言って良いでしょう。
また、こうした左派の主張というのは得てして海外のリベラルにとって非常に耳障りの良い物であったことは確かでしょう。
リベラリストにとって最も大事なのは弱者の救済と強者の断罪です。過去日本が強者として弱者である極東アジアの諸国に悪行をおこなってきたとする左派の主張は、その強者を打ち倒したアメリカのリベラリストにとってみれば自らの主張にもかなうものです。
米国留学中、その土地柄もあってリベラリストたちとの付き合いが多くありました。彼らの多くは日本の左派メディアの意見をそのまま受け入れているために私の英語で述べられる保守派の意見や反論には目を丸くしていました。何人かは私の意見に賛成もしてくれました。右派の忌憚のない意見が世界中に広まれば日本に対しての見方も代わるかもしれないと感じました。
私は決して左派の意見を軽視すべきだとは思いません。多様な主義主張はあってしかるべきです。ただ、意見を戦わせず海外において報道を通じて根拠のない報道を行なうのは卑怯だと思います。右派も国内において議論をするのみならず、英語メディアでの意見の発信をすべきでしょう。
国益を考えた時、保守派・右派こそ英語を学び発信する努力を惜しんではいけないのではないでしょうか?
このままでいいの?
気づこう。今からでも遅くはない。